体験談-2
(娘の不登校とそのときの私)

娘が5年生になったばかりの頃、不登校が始まりました。

朝起きて、「疲れた、頭が痛い」と言ったり「夜中、寝られない」と言うので、体温を計っても熱はありません。これは、仮病だと思い、無理やり学校に行かせました。しかし、何日もこんな状態が続き、娘は学校に行かなくなりました。
今から思えば、娘は、普段から皆に良い子に見られようと、この子なりに必死で周囲に気を使い、自分の本当の気持ちを家族に伝える事が出来ず、反抗することで、私にわかって欲しかったのだと思います。

私は、下の子どもに手がかかると言う事も有り、長女でもある娘に過度に期待し、自立を求めすぎていたのです。
子どもは親の言う事を聞くのがあたりまえと思っていた私は、力でおさえようとして、喧嘩をしたり、たたいたり、家の外の放り出したり、世間体を気にして、娘のすることを、いちいち口うるさく注意したり・・・・。
親も子も分かり合えない悪循環の日々でした。

そんな時、親業の話を聞き、ミニトマトに行ってみようと思ったのです。
菅原先生は、「子どものかっこ良い所も、かっこ悪いところも、この子なのだからすべて受け入れること」や、「子どもにも人格があり、その人間性を無視し続けると切れること」、「親の愛情も伝え方がまずい場合は、子どもの自立を邪魔すること」、「親の期待を押し付けてはいけないこと」など、まだまだいろんな話をしてくださいました。

先生の言って下さったアドバイスは、私が今まで思っていた事とは正反対の事でした。
そして「良い子になりますよ」「親だからやり直しがいくらでも出来る」とおっしゃった言葉が、私の支えになり、困った事があったらいつも相談するようになりました。
そして、先生のお話を聞いているうちに、「親である私が変わらないといけない」と気付きました。

いくら気付いても、これだけ家族の心がバラバラになった家庭を変えることはとても難しいことです。
家庭の中には、笑いがなく、重苦しい雰囲気で包まれています。
主人は家庭崩壊だと言って、仕事にも身が入らず、会社を辞めたいとまで言い出し、下の子もやる気が無くなり、学校を休むようになったのです。おじいちゃん達は「学校に行くのがあたりまえ」と思っているので、親も子も更に、苦しい思いになっていきました。

その頃娘はストレスから食欲が増し、10キロ体重が増えました。アトピーもひどくなり、肝臓にも負担がかかっていたようでした。
検査の結果、病院の先生が、「院内学級もあるし、入院して環境を変えてみてはどうですか」と言ってくださり、娘も納得して、入院する事にしました。

入院生活は、娘にとっては寂しいものでしたが、親子の交換日記を始め、また一時外出の時、私にいろんな話を聞かせてくれるようになったのです。私も娘に「何かして欲しい事あったら言ってね」と言葉を掛ける事が出来、「大好きだよ」と言って、抱っこする事も出来るようになりました。

1ヶ月後に退院、家での閉じこもりは相変わらずですが、娘が、私に「生きていてもいいことが無い」「誰も私の事、分かってくれない」「辛い」「悲しい事が一杯ある」「心が痛い。感情が無ければいいのに」、「何で私ばかりに、こんな辛い事がおこるんだろう。もうこれ以上大人になりたくない」と話してくれたのです。
菅原先生は「娘さんの心にゆとりが出来たから、今の自分が苦しいんだと感じることが出来るようになったんですよ。この苦しみを乗り越えて行く力がついてジャンプしよう、成長しようとしているんですよ。とてもいい感じになっているね」と言って下さいました。
私も、母親として、精神的に強くなってきました。今まで、子どもに気を使っていた私でしたが、自分が嫌な事は、子どもに自分の気持ちが通じるように話をし、「今日は駄目よ」と言う事が出来るようになりました。お互いが、何でも言えるように変わったのです。

家族で旅行に行く事が出来ました。犬も飼うようになりました。その犬と毎日散歩もしています。家の中だけの生活から、外に出る事が出来るようになりました。6年生になってからも学校には行けないけれど、夕方になると友達の家に遊びに行く事も出来るようになりました。学校にいけなくても、随分変わった我が子を見て、とても嬉しく思いました。

この頃、娘に変化が出て来ました。「明日、学校に行く」と言っていたのに、朝になると「やっぱり行けない」と言う事は、今までに何度もあったのですが、「お母さん、私何もしないでいるのもういや、もう元気になったから学校に行きたい」と訴えるように私に言ったのです。、私は、かかっていた悪魔のような魔法が解かれたような気がしました。
私は、娘に「あなたが学校にいるのが怖かったら、お母さん会社を辞めて、学校へ一緒に行ってもいいよ。いつも手をつないでいるし、給食も一緒に食べよ。離さないよ」と言いました。娘は「お母さん会社は辞めないていいよ」と言ってくれました。
その日、親子で、制服や靴を合わせたり、学校に行く用意をし次の日に一緒に学校に行って、担任の先生とこれからの事をお話する事が出来ました。

2学期最初の日、少しつらそうだったけれど、娘は学校に行く事が出来ました。
現在保健室登校から、クラスの中へと変わりつつあります。学校でも、何も言わない良い子(?)から、かっこ悪い姿を見せられる子どもに変わっているようです。

子どもってすごいですね。
今まで何も言わなかった子どもから、自分の意見を言い、自分で決めて行動する子どもにと変わってきました。
子どもの人生は、子どもの人生。それぞれ違う人生を歩んでいくのです。そこで、様々な選択肢があります。その時、大人が主導権を握って束縛するのではなく、あくまでも決定権は子どもに有るのです。何でも話が出来る親子関係になっていれば、お互いの気持ちを理解する事が出来、どんな事があっても、壁を乗り越える事が出来るんだなと思います。

私も、自分の思いを子どもに伝え、最終的な判断は子どもに任せようと思います。
そして、親も、子どもに素直になって「ごめんね」、「ありがとう」が言えるようにしたいと思っています。

この1年半、親業の先生や、サークルの人たち、子育てを通していろんな出会いがあり、今の私がいます。
母親である私の精神的安定が一番大切だなと感じています。
心を支えていただいた方々に感謝しています。